ジェットコースターのようにスリリングな人生を送りたいですね。私はジェットコースターが
好きではありませんが、スリリングな人生を送ることには興味があります。
遊園地にあるジェットコースターは、ただ怖いだけで私としては得るものがありません。ですが、
人生におけるスリルというものは、一度経験すると二度経験したくなり、二度経験すると何度でも
経験したくなるほどの中毒的な魅力を持っているのです。
しかも空中に放り出されるわけではありませんので、身の危険もありません。純粋に精神的な
緊張感を楽しむことができるのです。それは私やあなたが望むのであれば、いつでも何度でも
好きなときに好きなだけ味わうことができる最高の遊戯なのです。
人間の脳には、とんでもない快楽機能が備わっているのです。アドレナリンやセロトニンや、
ドーパミンといった興奮と鎮静をもたらしてくれる数々の脳内物質をドバドバと溢れさせながら
生きてみたいものですよね。それは実は今すぐにでもできることなのです。
具体的にどうすればいいのかというと、どんどん目の前のことに手を出していくことです。
ためらうことなく次々と目の前のことを処理していくのです。たったそれだけのことなのですが、
やればやるほどやる気成分が分泌され、歓喜しながらあらゆることを成し遂げていくことができるのです。
それは鬼神の如き恐ろしい形相ではなく、仏のような和やかな表情で自分も周囲の人たちも
幸せにしていくことができるのです。それでこそ生まれてきた甲斐があったというものです。
せっかくこの世に生を受けたのですから、思いっきり命を燃やし尽くそうではありませんか。
そしてにっこり笑ってさよならしましょう。
全てを凌駕する力を得るために、私は日々全力を尽くしています。もしも全てを凌駕する力を
得ることができたとしたら、無敵ですよね。無敵になったらもう何も怖いものはありませんし、
それでこそ人生を思いっきり謳歌することができると思うのです。
今はあまりにも不自由なので、もっともっと自由になりたいのです。全てのしがらみから解放されて、
思う存分楽しみたいのです。そのためには、私は力を惜しみません。何でもしますよ。だから私は、
毎日全力で突き進んでいるのです。全ては、強大なる力を得るためなのです。
単純に、筋力トレーニングと同じように精神トレーニングを積んでいるのです。筋肉にしても精神に
しても、負荷をかけなければ発達しません。なので、ギリギリ耐えうるほどの大きな負荷をかけるように
しているのです。軽い負荷をいくらかけても、持久力が養われるだけで最大値は増えませんからね。
私は健康維持ではなく、健康増進とさらなる飛躍を求めているのです。だからこそ、それに見合った
行動をとらなければなりません。全てを凌駕するためには、限界を超えるトレーニングをしなければ
ならないのです。何かを得るためには、それと同等の力を振り絞らなければならないということです。
少しでも力が劣っていれば、それを掴み取ることはできないのです。
つまり、ぬるいことをしている余裕はないということです。少し眠れば力はすぐに回復するのですから、
トレーニングし過ぎということはありません。そこらの愚か者と同じことをしているわけにはいかない
のです。この厳しい世の中では、気を抜けばすぐに奈落の底に落ちてしまうことでしょう。
いろいろな人間がいますが、付き合う価値のある人間は少ないです。少なくても良いですし、
やたらめったら付き合うのは時間の無駄です。価値の低い人間と一緒にいても何も得られる
ものはありません。そればかりか、力を奪われていくだけです。
だからこそ、付き合う人間を選ぶ必要があるのです。できるだけ上昇志向の高い、向上心
溢れる人間と付き合うことです。そうすれば、お互いを高め合える素晴らしい関係を築く
ことができるでしょう。
逆にそうしなければ、ストレスばかりが溜まっていくことになるのです。腐ったミカンは
腐敗ガスを発するだけですから、一刻も早く排除しなければならないのです。
私は常々思うのですが、本気の人間はしょうもないことなどしないものです。そんなことを
するのは子供だけで十分です。無邪気に遊ぶ子供はかわいいですが、アホな大人は情けない
だけなのです。そんな奴には、一刻も早く消え去ってもらいましょう。
もしも自分から消えないというのであれば、圧倒的な力を見せつけてやりましょう。そうすれば、
己の無力さに気付くことでしょう。まぁ向上心がなさ過ぎて効果が無いかもしれませんけどね。
いずれにしても、そういった腐った人間は長続きしないものです。時間と共に淘汰されていくでしょう。
だから低レベルな人間は放っておいて、己の技と力を磨くことに専念することですね。そんな奴等など、
見るだけ無駄なのですから。
時間は有限ですから、効率化が大切ですね。レベルの高い、必要な物だけを取り入れるようにしましょう。
何のために生きているんだ?そんなことは思春期に考え尽くしたはずなのですが、仕事が上手く
いかなかったときはそんなことをついつい考えてしまうのです。私は過去の記憶を捻じ曲げて、
人生を変えるために生きています。私の存在理由はそれだけなのです。
だからこそ、余計な羞恥心なんて捨て去らなければならないのです。そんな余計な荷物を
いつまでも抱えているなんて、バカらしいですよね。その場に捨て去ってもいいものですし、
そうしなければ無駄に力を消耗していくばかりなのですから。
人生を激変させようとする人間が、こんなところで躓いていては先はありません。何としても
一ヶ月以内に羞恥心を完全に捨て去って、新たなる人間へと進化しなければならないのです。
もしもそれができなければ、生きている意味はもうありません。だからこそ命懸けでやらねば
ならないことなのです。ここを乗り越えられるかどうかで、その先の人生は全く違ったものに
なるのですから。
楽しく笑顔でかっこよく暮らしていくのか、それとも暗く湿っぽい部屋の片隅で泣きながら生涯を
閉じるのか。自由に選ぶことができますが、どちらがいいのかは誰の目にも明らかですよね。
それほどまでに違った方向へと進んでしまう岐路に立っているわけです。
私が今までやってきたことを思い起こせば、実は余裕で乗り越えられると思いますよ。だから
勢いを落とさずにそのまま飛び込んでいけばいいのです。礼儀さえわきまえていれば、何も
遠慮はいらないのですから。
生きる意味を見失ってしまう前に、全力で向こう岸まで泳ぎ切ることです。多くの人間はそこで
ためらって引き返してしまうから、その程度で終わってしまうのです。つまり、それさえやれば
圧倒的な差をつけることができるということです。
それは習慣ですから、やってみれば意外と簡単なことなのです。
一流と二流を分けるのは、単純に「やるかやらないか」だけなのです。
過去を思い出して怒りに打ち震えることもあります。それは私だけではなくて、おそらく多くの人が
経験していることだと思います。長年生きていると、いろんな人間に出会いますし、いろんな出来事が
あります。その中で決して許すことのできない人間も存在するのです。
身の程知らずの人間ほど情けないものはありません。できることなら今すぐにでもその存在を消して
やりたいくらいの怒りを覚えてしまうのです。過去の話なのですが、今でもふとした瞬間に思い出して
しまって、私の中の狂気が暴れ出しそうになるのです。
そんな獰猛な悪魔を心の中に忍ばせて、私は今日も生きています。この悪魔を飼い慣らすには、怒りを
超える感情を餌として与えなければならないのです。その餌とは、自己実現という高尚な行いです。
絶え間なく自分を向上させ、磨き上げていくその過程こそが私の中の抑えがたい悪魔を鎮めることが
できるのです。だから私には暇ということがありませんし、いつも何かしらの改善点を修正し、必要で
あれば破壊して作り直しているのです。それは私という自我を崩壊させないためのライフワークなのです。
いわば生産的な行動は私の生命線なのです。
どんなに怒りに打ち震えても、その感情のままに暴れてしまっては人間性を疑われてしまいます。
だからこそ、人間性の向上と人生の充実のために命を懸けて脅迫的に生産活動へと邁進しているのです。
怠け者に生きる資格はありませんからね。
生まれてきたからには、言い訳などせずにできる限りの力を尽くすべきでしょう。そうすれば
文句や愚痴や弱音などは絶対に出てこないのです。弱さを力まかせにひねりつぶしてやりましょう。